熱田神宮、毎月朔日参り自由参加のご案内です。

毎月1日、名古屋熱田神宮「大祓い祝詞・社内ガイド付き」参拝ツアー
を行っています。

参加申し込みはございません。参加されたい方は11時5分前には

本殿右側の売店前にて集合ください。

時間になりましたら出発してしまいますので時間厳守でお願いします。

現地着きましたら、必ず私小島までお声がけ願いします。



小島座長 中央のおじさんです。一番左が神道先生でガイドの村田さんです。

《熱田神宮とは》

名古屋の市街地に広がる熱田神宮は、三種の神器の1つである草那芸剣をまつる社として有

名で、伊勢神宮につぐ「第二の宗廟」ともいわれています。草那芸剣はアマテラスの霊魂の代

わりですから、「熱田大神」と呼ばれる主祭神はアマテラスのことです。

神宮の相殿には、アマテラス、スサノオ、ヤマトタケル、美夜受比売(以下ミヤズヒメ)、

稲種命(たけいなだねのみこと)

の五柱がまつられています。

記紀神話では、スサノオがヤマタノオロチを退治したときに天叢 雲剣(草那芸剣のこと)を

手に入れ、これをアマオラスに献上しました。

それが天孫ホノニニギを介して受け継がれ、いつからか伊勢神宮に保管されたと考えられます

伊勢神宮の斎宮となったヤマトヒメは、この天叢雲剣を東征に出るヤマトタケルに授けまし

た。ヤマトタケルは、相模国で炎に囲まれ危機に陥ったとき、この神剣で草をなぎ払って、荒

ぶる人々を平定することに成功しました。ここから、『草那芸剣」という呼び名になったと考え

られていますヤマトヒメからヤマトタケルに授けられた草1893(明治第)年に伊勢神宮と同じ神明造で

再建され、現在もその様式を受け継いでいます。

神宮の北西にはャマトタケルの墓とされる「白鳥古墳」、その北にはミヤズヒメの墓とされる

断山古墳」もあります。

那芸剣は、妃のミヤズヒメに預けられ、ヤマトタケルは亡くなりました。

ミヤズヒメは、尾張一族ゆかりの熱田の地に社を定め、神剣を納めました。これが熱田神宮

の起源となりました。ちなみに、相殿にまつられた一柱、建稲種命は、ヤマトタケルの東征に

従軍した将軍で、ミヤズヒメの兄にあたります。

草那芸剣を納めることから大いに栄えた熱田神宮ですが、これまで2度、盗難にあっています。

一度目は668年、新羅僧·道行が神剣を盗んで帰国しょうとしたところ、暴風雨にあって、離波に漂着し、捕えられました。

そこから昭年神剣は皇居におかれましたが、天武天皇が病気」になり、草那芸剣の崇りであるという占いが出て、熱田に戻され

ました。また、1839年にも僧に盗まれましたが、翌年に戻されました。