『420人の敵国兵を救った駆逐艦 雷の艦長:工藤俊作』 第四回


2014年7月16(水)【天馬天吉の今日の名言】

420人の敵国兵を救った駆逐艦 雷の艦長:工藤俊作』

第四回 


危険海域でありながら

戦闘のための人員を裂いて

敵を救う。 


自らの命を顧みない

捨て身の救助。 


さらに日本兵たちは

自ら海に飛び込み、

体力の限界を迎えていた

イギリス兵を救助。 


自力で上がることができない

イギリス兵は体に

ロープを巻き付けて引き上げた。 


甲板では油や汚物に

まみれているイギリス兵の体を

優しく拭き労わる。 


日本海軍にとっても

貴重な食料や真水を与えた。 


「目の前で救いの手を求めている

人間を救う事より大切なことなどない」

と、さらなる

漂流者の救助を支持。 


工藤は溺れていた

全てのイギリス兵を救助、

その数422人。 


「諸官は勇敢に戦われた

 我々はあなた方を

殺めるような事はしない。


 戦いが終わった今

諸官たちは日本海軍の

名誉あるゲストである」 


工藤は武士道の精神をもって

弱っているイギリス兵たちを労い、

最大限の敬意を払った。 


その後、

422人のイギリス兵は、

翌日にボルネオ島の

病院へ引き渡された。 


実は、

これは第二次世界大戦から

21世紀になるまで

世に出る事のない

知られざる話だった。


工藤が敵兵を救助した

1942年は第二次世界大戦中、

420人もの敵国兵を救った、

という話を公表してしまうと

工藤は非国民扱いされ

非難の的になる可能性があった。 


工藤から報告を受けた

当時の上官

南雲忠一 中将は、

「この話を公のするのはやめよう、

お前は非国民扱いされてしまう。


しかしお前は

決して間違っていない」 


理解ある上司に

工藤は庇われ、

結果 話は半世紀に渡り

世に出る事はなかった。 


その後、工藤は雷を降り、

別の艦の艦長に就任。 


直後、雷は敵の攻撃を受け沈没

可愛がっていた

当時の部下全員が死亡。 


そのショックから

終戦後工藤は

戦友と連絡をとらず。 


ひっそりと余生を過ごし、

1979年、77年の生涯を終えた。


あすに続く